おおかみのこどもたち リューン〜風の魔法と滅びの剣〜

6/21(金) 梅田芸術劇場 シアタードラマシティ 19時開演
公式サイト:

https://lune2019.wixsite.com/official

「もしも俺が道を誤ったときは、お前が俺を救ってくれる。そうだろ?」
「うん、約束する。この身を呈しても」

 

ものすごくラッキーなことにチケットを譲っていただけたので、観てきましたリューン。
バーチャルジャニーズあすかな出のど新規でも知っている、彼らの歴史の転換点の再演に触れられたのがめちゃくちゃ嬉しいし、何より普通にミュージカルが大好きなので観られて良かった〜!!
かの有名な『三列目の逆襲』の出展が2018年初演だと知りますます今回見られてよかったなと思ったのでした。

主演二人によるあらすじ紹介はだいたいこんな感じ!

 

〜ざっくりあらすじ〜
リューン・フローとリューン・ダイは兄弟のように育った、同じ里出身の戦争孤児。フローは魔法で、ダイは剣術で平和を守ろうと夢見ている、15歳になる少年たち。
魔法使いのダイス、騎士団長のマーナムにそれぞれ教えを請いながら、里の芸人一座である一角狼座に混ざって『風の魔法使い』の劇を上演することになり、練習の真っ最中。
かつての王・ガンドラが、自分より民衆に支持されるようになった風の魔法使いを殺してしまい、敵も味方もなく殺し尽くしたあげく、魔法使いを殺した罰に永遠の命を与えられ彷徨い続ける。魔法使いを殺した剣は『滅びの剣』となるが、風の魔法使いが施した封印でその剣は花となって消える、という物語だ。
ダイスに弟子入りを志願する男・ファンルンは劇中に登場する滅びの剣の実在を信じ、話を聞かせてくれとねだるが里の住人は誰も聞き入れない。

リューンの二人とルトフの里長の娘・エルカは、二つの満月が現れる夜、15歳になる日に行うはずだった通過の儀の場・ファランディーアの泉で、開けてはいけないと言われていた箱を開け、里に眠る伝説の『滅びの剣』の封印を解いてしまう。魔剣に支配されたエルカを止めたのは、フローの歌だった。
二人の里を滅ぼしたカダ王国の軍隊が魔剣の封印が解かれたことを嗅ぎつけ攻め込んできた夜、ダイは復讐に駆られその魔剣を手にし、魔剣に憑りつく"黒い獣"に操られるままに敵も味方もなく皆殺しにしてしまう。魔剣を手にしたまま里を去ったダイを、フローは殺すために追うことを決める。「ダイが道を誤ったら、自分の身を呈してでも止める」という約束を守るため。

エルカとファンルンが旅に同行し、フローはまず『滅びの剣』に対抗するための剣・ドルデンの魔剣を手にするためにたたら島を目指す。ここは雨の降り続く奴隷の島。奴隷たちは自分たちの作った剣の切れ味を試すため、島の主人であるカーロンに手足を切り落とされていた。フローは剣を譲ってもらおうとカーロン邸を目指すが、カダ王国の軍人・ダナトリアもまた同じ目的でたたら島に来ていた。
リューン・ダイを殺すのは自分だ、だから魔剣を譲ってくれと交渉するフローに、ダナトリアはルトフの里でダイに切り落とされた脚の代償にフローの身体で試し斬りをさせろと言う。歩けなくなったら困るからと自身の左腕を差し出すフロー。切り落とされた左腕の代わりに手に入れたドルデンの魔剣と、ダイスから託された風を起こす笛を手に、ダイを追って旅路を進んでいく。

一方ダイは”黒い獣”と自我の境で苦しみながら大陸を彷徨っていた。リューンの二人と別のルートでまた旅に出ていたダイスが砂漠で行き倒れているのを救ったオビオテ族のテントを襲った赤目龍を倒したダイは、そのままオビオテ族をも殺してしまう。間一髪でダイスの声に反応するも、”黒い獣”と自我を行き来するダイは、ダイスを攻撃しそのままその場を立ち去ってしまう。

『風の魔法使い』の劇と同じように風の魔法使いを探し、風の洞窟に辿り着いたフロー、エルカ、ファンルン。ここで実はファンルンがカダ王国に敵対するナダージアのスパイで、滅びの剣を自らの物にしようという意図でルトフの里に近づいたことが明かされる。フローの歌に滅びの剣を止める力があることを知るファンルンは、「自分が滅びの剣を使うときに、すべてを皆殺しにしないように歌で止めてくれ」と取引を持ちかける。拒絶するフロー。「僕は絶対に君のためには歌わない。僕の歌は、祈りだ!」拒絶したことで右耳と舌を切り落とされたフローは、満身創痍のままドルデンの魔剣を手に、同じく風の洞窟へ辿り着いたダイの元へ向かう。
フローと交戦しながら、”黒い獣”と自我を行き来し苦悩するダイ。ダイとしての自我でフローに「歌え」と懇願するも、彼が歌えないことに気付き意志に反して剣を向けてしまう。間一髪でエルカと、風の洞窟で生き残っていた風の魔法使いの一族が現れ、滅びの剣の力が弱まったが、ファンルンとナダージアの部下たちが現れたことでまたダイは”黒い獣”に操られてしまう。ファンルンによってフローの声が出なくなったことに気付くエルカ。風の魔法使いの姿を見ることができないファンルンの勘違いで魔法を使うよう迫られるも拒絶する。
未来を見ることのできる水晶玉を手にダイスが現れ、ファンルンの死を予言したと同時、ダナトリアが現れファンルンを殺害する。しかしそのダナトリアもダイ=”黒い獣”に殺害され、今際の際に自身の部下にフローの舌を戻してやるよう告げ息絶える。

フローが笛を吹くと、『風の魔法使い』が現れる。滅びの剣を風に戻すには、「剣を生み出し固めた心の逆を歌う」のだと告げる。
舌を取り戻したフローがダイに向かって歌い始める。ふたりは戦争孤児になって初めて出会った。戦場で見つけたパンを奪おうとしたダイに、半分に分けて与えたフロー。エルカの母に連れられ、ルトフの里で様々な喜びや悲しみ、”生きること”に出会ったことを語りかける。”黒い獣”とダイの人格が交錯する。苦しみながら剣を取るダイと、剣を置いてダイに向かって腕を広げるフロー。「約束したんだ、道を誤ったときは、ぼくが身を呈して、きみを救うと!」
振り下ろしたダイの剣の先にいたのはダイスだった。実はダイスは『風の魔法使い』の劇に出てくる、償いのために永遠の命を与えられたガンドラ王だった。これでやっと眠りにつける、と言い残し風になって消えていく。同様に、滅びの剣と”黒い獣”も風に戻って姿を消した。

里に戻ったフローとエルカ。二人は団員を失った一角狼座の再興を里で目指すことを里長であるエルカの母に告げる。ダイは今は里には戻らず、殺した人々の弔いのための旅を続けることを決めたという。里に残る人々は、ダイがいつかここに帰ることを疑っていない。ダイスの形見である杖を持って、歩き続けるダイ。「どこにいてもぼくはお前たちのきょうだいで、調和を愛するルトフの民だと思ってる、だから、聞いてほしい、風の中の声を、耳を澄ませて───…!」

なっっっっっが ごめん

 

参考:A hand crawling to the sky is to grasp happiness... 「リューン一幕」「リューン二幕」

johjosh728.hateblo.jp

リューン耳コピまとめ 

twitter.com

 ↑ここまで読ませといてなんですが、わたしの読むより上記二つを履修したほうがリューンについてはためになります絶対

 

 ☆


パンフで脚本の篠原さんが仰ってた「狼の遠吠えにも似た「リューン」という名の少年」がすごく頭に残ってて、狼の遠吠えは『群れを離れた仲間を呼び戻すため』でもある、って一説があることを知って以来、ずっとフローとダイがおおかみのこどもにしか見えずにいて困っています。コロコロ転がってじゃれ合って、いつかは群れを離れるうつくしいけものたち。「もしも俺が道を誤ったときは、お前が俺を救ってくれる。そうだろ?」…だから、フローもダイも、互いのことを『リューン』と呼び合うのかもしれない。あの3人の中で一番どんくさくって真面目でおっとりしてて、『天使みたい』なフローが、ダイを救うために殺しに行くんだ、って決めたとき、叫んだ「リューン」は、彼を呼び戻すためのものだったのかも。

『リューン』は、もうふたりきりになってしまった風の里のおおかみのための、相手だけに呼びかけるための遠吠え、呼び声なんじゃないか、とか。リューーーーン。

 

まずリューンがわたしにとっての関ジュ初現場であったということ、わたしが藤原担だということをお伝えせねばならぬとは思うんですが、それにしても丈くんめちゃくちゃ舞台映えするお顔をしてますね…びっくりしたほんとずっと目で追っちゃった…目が大きすぎてびっくりしたし喉仏が国宝だった すごい
大橋くん顔ちっさすぎて逆に身体が大きく見えるという不思議な現象をリアルに体験しましたがなんだあれは???顔が小さすぎる すごい 167cmって知ってるけどそれより大きく見えたなあ…手足が長くて色が白いのもあるのかな とてもきれいでした…にのうではむちむちしていて本当に汗で光っていた かわいい
二人ともハーフアップの明色ウィッグがとてもお似合いで素敵だった~!フロー=丈くんがミント、ダイ=大橋くんが水色で本人たちのメンバーカラーと逆なのもまた味わい深かった エルカちゃんのピンクも可愛かったなあ

リューン、プロジェクションマッピングを使ってるっていうのはよ〜いドンの告知で知ったんだけど、どういう風に使うのかいまいちはっきりイメージできてなかったので、のれんみたいに細かく裂かれた布をスクリーンにしてるのが『風の里』であるルトフの里の表現としてめちゃめちゃ上手いな、と思いました。演者が動くことで起きた風がそのまま舞台装置になる、という絶妙さ…生だから毎回変わる舞台装置…。
くるくるシルクさんがアンサンブルとして入ることで一角狼座の劇にリアルさが増すのすごくよかった!そんなに派手なセットはないぶん肉体言語がめっちゃ効いてた印象でした。そもそも箱も小さいしな…

肉体言語でいうと、ほんとうに、リューン・ダイは大橋くんが演じてこそだなあという身体の使い方が多くてほれぼれしました。黒い獣に憑りつかれてからのダイの動きの人間離れした不気味さと圧倒的な強さ、あれは大橋くんの体幹と身体の柔らかさがあるからだろうな…芯のあるしなやかな動き 台詞の発声はちょっとまろやか?というか、たどたどしさはあるんだけど、肉体言語と黒い獣に取り憑かれた時の表情のヤバさで大いに補って余りある感じがした 目がイっててきゅっと上がった口角…
パンフで「再再演あたりでふたりの役を入れ替えてもいいかも」って話が出てたけど、そうなったら丈くんの演じる黒い獣はまったく別物になりそう…笑 大橋くんは曲線的、丈くんは直線的な動きをする子というイメージがあるので…

フローがけっこうどんくさくておっとりした子なのが可愛かった~!三つのかまど亭(里長の宿屋、みんなここで食事をとる)のシーンでパンをあーんしてもらったと思ったらスカされてたのめちゃくちゃ可愛かった…
ダイより強く里を焼かれた戦争の記憶に怯えを抱えてるのがフローなんだけど、この話が出るたび過剰なまでに怯える動きがわかりやすい、舞台向けの演技だなあとしみじみしました。良く考えたらここの動きで毎回フローが耳をふさぐのは、彼が風の声を聴ける人間だからか…良くできてる…。丈くんの演技はイメージに反さずとてもきっちりしてるなあという印象も受けました。彼は演技のたびに声を使い分けてるのかな?丈くんより幼くて飛鳥ほど甘くもない、ちょっと世間知らず感のある純粋な少年の声だったなあ、と思います。
最後の方だったかなあ、ダイとフローが上手と下手に分かれて歌ってたところでフローが泣いてて、眉毛をぎゅっと寄せて目元をくしゃくしゃにして、口元をぎゅっと引いた、泣き出す直前の子供の顔がめちゃくちゃ良かった …。

声と言えば一幕のさいごで歌う『風の舟』、けっこうな大人数で歌ってるのに最後はまっすぐフローの声が目立って飛んでくるのがめちゃくちゃ主人公感あってグッときました。オタク的に美味しいし体力使う役はダイだとは思うんだけど笑、ストーリーテラーとしてずっと板付きなのはフローのほうで、個人的にはリューンの表の主人公はフローだと思っているので…。

そうやっぱリューンめっちゃ曲いいですね!?基本的に同じメロディを重ねてるからどんどん印象が変わっていくのがすごい 『僕たちの魔法』のキラキラした少年らしさ、『血塗られた記憶』の生々しい憎しみと絶望、『風の舟』の決意、『約束』で語られる二人の出会い、これぜんぶ同じメロディがベースになってるの、すごく象徴的で印象的だなあと鳥肌立ちました…(約束のメロが自信ないんで間違ってたら教えてください…!)(さっそく自分で気付いたけど『風の舟』のメロは『風のレクイエム』のほうだわ失礼しました)やっぱミュージカルはいい…音楽だけで物語の雰囲気が全部変わっちゃう 好き… どうでもいいけどわたしリューンの前キンキーブーツ見に行っててはからずしも森雪之丞先生の書くおとこふたりの物語連続で見たわ…。


フローの主人公感は彼のかたくなさにもある気がしてて、腕を切り落とされるシーンでエルカがいくら止めても少し笑って、腕を差し出すことを止めなかったところや、演技にあんまり乗り気じゃないダイを巻き込んで一角狼座の芝居に参加しちゃう不思議な強引さ、ファンルンに刃物を持って迫られても首を縦に振らないところ、不器用だなあ、でもめちゃくちゃまっすぐで、主人公だし丈くんだな、という感じがしました。特に腕を差し出すところ、声も震わせずにそうしたのが、覚悟すら感じられてとても印象的でした。実際切り落とすってなったら演出どうするんだろう?と思ってたんですが、フローの叫び声と同時にバッサリ暗転させて真っ暗にしたことでショッキングさを強調しつつ場面転換にもなるのはうまいな~と素人ながらに思いました。丈くんは声が大きいので切迫感あっていいですねああいうシーン。

先述したとおりおそらくフローはどんくさい男の子なので、風の洞窟でエルカが風の魔法使いと一緒に踊るシーンがあるんですが、それを真似て踊る動きもなんかぎこちなくて下手くそで。日頃踊りに突出した褒め方をされる側のひとがそれを恥ずかしげもなくやり切れるのが演者としての丈くんのすごいとこだなあと感じました。飛鳥の謎英語シリーズとかにも通じるところかも。

当たり前だけど殺陣めちゃくちゃきれいですごい…フローどんくさキャラなのに、残念ながらダイにやられて転がる時の身のこなしが普通に美しくてヨッ、ジャニーズ!になるなどしましたね…滅びの剣も魔剣もまさかの中央光るからライトセーバーやん…とちょっと引いてたんだけど実際ぶん回すと光の軌道がとてもきれいだった。なるほど。


15歳紳士フローくん萌えのレポはたくさんツイッターに上がってたと思うんですが、わたしが見た回のフローくんも超可愛かったので書き残させて~!
洞窟に入るためにエルカがサッと四つん這いになったのを立ったまま見下ろしてギョッとした顔をして、目線をうろうろって彷徨わせて少し迷って後ろ向き(=進行方向にお尻向けて)に進んで、エルカに「え?」って言われた後も何も言わずにただ口元をぎゅっと結んで気まずそうな顔をしてるフローくん15歳がとても可愛かった…エルカもへんなの、みたいな顔してさっさと行っちゃうし…
これ回重ねるとフローが気まずそうに「スカート…」って指摘してエルカも「ありがと…」って返す甘ずっぱシーンになってたと聞きましたツイッター見たやろ!?笑 あと寝るとききちんとエルカに背を向けて丸くなって眠るのも可愛かったです

 

いまいちわたしがこの作品の核を理解しきれてないんだけど、結局ふたりとも『風の魔法使い』=リューンの一族だから滅びの剣に惹かれたし、滅びの剣を止められたって感じなのかな?ダイが剣を手にしても自我を保ってたのも一族ゆえなのか、それとも強く惹かれてしまったのが一族ゆえなのか…?っていう フローのほうが魔法に近い印象だったから、一族の中でも特に血が濃かったりしたのかな 魔法使いとして生きるひとと戦士として生きるひとがリューンの里でも分かれていたのかもしれない…?

レポ見てると結構『ダイの狂気』については触れられてたけど、わたしはフローもたいがい気が狂ってると思ってて、Stagenavi vol.33のプレスコールリポートでそれが肯定されたことがけっこう気持ちよかったです(「ひたむきなフローはダイとは違う強さからくる狂気で見る者の常識をねじ伏せてくる」)ダナトリアが言ってた通り、フローみたいな純粋百パーセントみたいな人間が一番怖いのかもしれないなと思わされてしまったから、フローが旅に出る、ダイを追って殺す、って決めたことに、彼の約束に対するかたくなさを見てすんなり受け入れてしまってたんだけど、ダイを殺す、って言わなきゃ里を出してもらえないって分かってそう嘘をついただけでフローは最初からダイに殺されてやるつもりだったんじゃないかなあ…とも思っています。どうだろう。

フローは一角狼座で『風の魔法使い』を演じたから、自分が滅びの剣に殺されればダイは解放されると本能的に知っていたのかもしれないけど、それだと結局ガンドラ王の二の舞になっちゃうんですよね。ダイもまた風の一族だからガンドラと違う役割=ガンドラ(この呪いのすべての始まり)を殺害する、っていう幕引きに結果的にはなってるけど。
風の魔法使いが言ってた、戦わないことで勝った、っていうのも、結局ダイス刺されてるやん、と思ってしまうんだけど…すべての起点を消したことでぜんぶなかったことになった的な解釈なのかな…リューン世界の魔法使い、人間というよりかみさまムーブっぽかったので人間の常識や人間の時間軸が通用しないのかも…?うーん このへんちょっともやもやしています…。わからん…

冒頭で魔法をナメてたダイが、最終的にはおもちゃ扱いしてたダイスの杖を持って弔いの旅に出るっていうのはちょっとグッときたところでした。というのを思い出したので追記。

 

なんかもやっとした結びになっちゃったけど、三列目から一列目に上ってきた今の彼らの演じるリューンを観れたこと、ほんとうによかったなあと思います。二人セットでばかりはいられないだろうけど、でも今のリューンはきっとこのふたりだからこそ成立したんだろう、と思うまなざし、声、伸ばした手と手を、きっと忘れないでしょう。観られてよかった。

カテコ可愛かったのでこちらも自分用に貼りつけておいておわります!

リューン!\カンパニー!/

 

 

 

 

眩しすぎるライトを消せーNIPPONロマンスポルノ'19 神vs神によせて

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ポルノグラフィティが、20歳になる。

つまりわたしのファン人生が10年になったということだ。

ヒット曲を作ろう、そんな思いで世に送り出されたハネウマライダーをまんまと母が気に入って、もはや覚えてないけど確かシングルがたくさん入ってるからだった気がする理由でm-CABIを買って(今までほとんどレンタルだったのに)、誕生日プレゼントにと連れて行かれた立ち見の大阪城ホールが、わたしにとって初めてのライブで、初めてのポルノグラフィティだった、OPEN MUSIC CABINET。

未だに母は、「あそこに連れてかなきゃこんな浪費家にはならなかったのに」と笑う。わたしもそう思う。良くも悪くも、わたしの人生の転換期は、2007年5月1日だ。

それまでろくに家族以外と遠出もしたことなかったのに勢いだけでチケットと難波から出るシャトルバスのチケットを予約して親に事後承諾で無理矢理行った淡路ロマンスポルノ’08(バスから降りたときに見えたどでかいセットの頭おかしさは今でも鮮明に記憶に残っている)、初めての『ツアー初日』と『折り返し』を経験したロイヤルストレートフラッシュ(神戸に行く日が盥を返したような大雨だった)、初めて遠征した∠TARGET(おかのの髪型がゆでたまごみたいだったことくらいしか記憶がない)、くっきりリストバンドの形に日焼けしたつま恋ロマンスポルノ'11(くれたけ)、申し込んだらうっかり全部取れちゃって3日間通ったFCUW4(白衣ほんとうにありがとうございました)、ちょっとポルノに対して斜に構えたくなってたお年頃だった割に金沢まで行ってたPANORAMA×42’(ツイログ見返して笑ったし当時から今までしっかりツイ廃で泣けた)、ほぼ初めての野外フェスだったBBQinつま恋(MVPはBEGIN兄さんだった気もする)、何より大好きな『アリーナに立つポルノグラフィティ』に胸が熱くなったラヴ・E・メール・フロム・1999(ラックて)、はじめて憧れの横浜アリーナに連れて行ってもらって、ほっともっとスタジアムてどこやねんと思った神戸・横浜ロマンスポルノ'14(めちゃくちゃ森の中だった)(NEWSと自分たちしかライブしてない発言の後にトロッコで出てくるポルノグラフィティ)(アイドルのオマージュか?)、突然セットのサイが動き出してビビったThe dice are cast(ANGRY BIRD始まりってだけでもうチケット代の元取った)(この頃既にジャニオタになってたけどまるちゃんが滋賀公演に遊びに来てくれてて笑う推しのクロスオーバー!)、命削るみたいなTHE DAYに鳥肌立った横浜ロマンスポルノ'16、初めてライビュに行った真赤激(カープおめでとう)、ポルノの照明班は変態だと確信を深めたBUTTERFLY EFFECT(まさかの夜間飛行始まり、ゾクゾクした)、雨って怖いなと思ったしまなみロマンスポルノ'18、散々浮気していろんなところに目移りしても、結局、最後に帰ってきてしまうのはポルノグラフィティだとようやく諦めがついたUNFADED。

アポロが発売されたとき小学校1年生だったわたしの、人生のほぼ半分近く、つねにぴったりとポルノグラフィティがそこにいた。

ポルノグラフィティは、なぜかファン層が年を取らない、不思議なバンドだと思っている。

今年27になったわたしは、自分をちょうどポルノ世代だと思うのだけど、少し年上のお姉さんお兄さんにポルノが好きだと言うと、「ちょっと(ポルノ世代にしては)下じゃない?」と言われ続けてきた。確かにアポロアゲハ蝶世代ではなくて、第二次ポルノブームとでも言えばいいのか、爆発的にメリッサが流行ったタイミングの世代ではあると思うけれど。その逆に、未だに高校生くらいの男の子や女の子が、わくわくした顔でツアーTシャツを身に着けて、首に提げたタオルをギュッと握りしめて最寄りの駅から会場に向かう後姿を見ることができる。

たいていのバンドは、バンドと一緒にファン層もそれなりに上がっていくものだと思っていたから(それなりに上がってはいるんだろうけど)、なんとなく、ずっと若い子が絶えないというのは、バンドを続けるにあたってものすごい才能なんだろうなあ、と思う。新しいファンが増えなきゃ、続くものも続かないことを、素人でもぼんやりとわかっている。

14歳のわたしが頭をぶん殴られたあの日の衝撃を、彼らはそれから10年、ずっと誰かに与え続けてきたわけで。

わたしはそんな彼らの輝きと音楽に、ときには必死に、ときには惰性で、それでもずっと手を引いてもらって人生を歩んできた。大げさでなく、ほんとうに、わたしのこれまでを振り返ったら、ポルノのいない瞬間なんてほとんどないんじゃないだろうか。

先述したように何を間違ったかジャニーズにハマったりもして、正直興味が薄れた瞬間はあったけど、でも、やっぱり人生の軸はポルノで、岡野昭仁新藤晴一で、彼らのいない瞬間の自分、を、わたしはいまだに上手く想像できない。

ポルノは、いい意味で優等生的なバンドだと思う。

だからいろんな人の「あーポルノ?昔聞いてたわ」的な『音楽の入り口』になるんだろうし、ずっと好きでいても、嫌になる瞬間のない、稀有なロックバンドのおじさんだなあ、と最近特にしみじみ思う。

ポルノのいい人成分は、まあほぼおかのおじさんのとんでもないレベルのいい人具合によるものなんだけども、先日ついに、ファン人生10年目にして、はじめて因島に行って(連れてってくれてありがとうチェッカーズ)、ここ長谷川京子が歩いたらあかんやろって感じののどかすぎる景色とやわらかい瀬戸内の波に触れて、ああ、なるほど、そりゃああなるわ、とちょっと打ちのめされた。

だって自転車で通り過ぎざまに謎のおっちゃんに「いいお尻してるね~!」って声かけられるような島ですよ。ちょっかいのかけ方までのどかかよ。

そんなところから、あのやさしいひとたちが、大阪みたいなごちゃごちゃしたわけのわからない街に出てきて、東京まで駆け上がって、気が付いたら20年、ずっとそこに居続けてくれている。それがどれだけたいへんなことか、当たり前に続くと思っていたものが続かなくなったとき、つくづく思い知った。

ポルノは青春だから穢せない、そう語った晴一くんの言葉が今も重たく自分の中に残っていて。

穢せないから蓋を閉じてしまうんじゃなく、穢せない、輝かしい青春のまま、ポルノをポルノとして、不惑を超えた自分ごと、次のステージに持って行こうとしてくれていることが、ほんとうに嬉しいし、誇らしくもある。

たいせつなものをたいせつにすること、それは人によって違う形であることはもちろんだけど。

最近の彼の詞の「過去」と「現在」は、輝かしい夢を持っていたあの頃の自分を眩しく思いながら、でも今だって頑張ってんだよ悪くないでしょう、そう笑いかける、そんなやさしくて少しほろ苦い問いかけだ。かたやおかのは、いつも過去の何も知らない、ゆえに最強だったころの自分を恥ずかしく思うような、あいつなにやっとんねん、おとなになった自分の距離からそう苦く噛み潰しながら、過去より未来へ、そう踏み出すような力強い一歩を踏む。VSのカップリング、プリズムと一雫、きっと同じような過去と未来の話をしているのに、こんなにも違うことが面白かったし、そんな二人だから、今まで並び立ってやってこれたんだろうな、とも思う。

そんなふたりがずっと大切にしてきたポルノグラフィティが、ことし、20歳になる。

Tamaちゃんがいなくなって、本間さんの手を離れて、固定メンバーだったサポメンが少しずつ顔を変えて。ポルノグラフィティという大きな枠、おかのの言うところの小さなおうちは、ゆるやかに変わりながらもずっとそこにいて、いつだって、わたしにとっての帰る場所だった。実家、と呼ぶのは、ずっとそこにいてくれると勝手に信じているからだ。

変わらずにそこにいて、でも変わり続けていくこと。進化を止めない彼らだからこそ、今なお第一線で戦い続けていられていることを知っている。

ずっと、どこかで『本格派』とでも言うべきロックファンに、ポップスの王道を行くことを指差されて馬鹿にされているんじゃないか、そんな目に彼らが晒されているんじゃないか、と勝手に心配していたけど、因縁の(笑)ロッキン、あのステージで応えたオーディエンスが、彼らの切り開いてきた王道への最高のアンサーだったんじゃないか、と、現場に行けなかったわたしでさえ思っていて。

あれをきっかけに、ちらほら、ちょうどわたしと同い年くらい、第二次ポルノブーム”メリッサ”世代のバンドマンたちが、ポルノ超聴いてました、なんて嬉しい言葉を彼らにかけてくれるようになって、わたしが勝手に嬉しいし誇らしくもある。王道を行くことは簡単じゃなくて、でも、それを貫くことは絶対にかっこいいのだ、と、わたしは彼らの背中を見て知った。

最近応援するようになったアイドルも、悪く言えば意外性のないキラキラの、王道をいくアイドル路線で。癖のある他のグループと比べられて下げられてしまうこともある。でも、わたしはもう、王道を行くかっこよさを、10年前から知ってるから、なんにも心配していない。奇をてらわないかっこよさ、というのがちゃんと証明されているからだ。

キラキラといえば、因島への道中、ポルノのキラキラした音が好きだという話になった。もっと青い、10代のころなんかは、ラックとか、渦とか、ドンクレとか。そういう、ベースもギターもギャンギャンに鳴りまっせ、みたいな重たくて黒っぽい音が大好きで(今も大好きだけれど)、明るくてキラキラした曲よりそういうのをもっとやってよ、とさえ思っていた。

もしかしたらこれはわたしが年を取ったからかもしれないけど、今やキラキラしてやさしくて、でも力強く背を押してくれる多幸感のある音楽こそ、ポルノの真骨頂じゃないかとさえ思えていて。おかのの明度と彩度の高い声は、ぜったいに曲を明に持っていく力があるから。(だからこそ暗い曲にも映えるのだけれど)

ポルノグラフィティというバンドはひかりを歌うバンドだ、と、最近常々思う。

尖りたかった時期もあるんだろうけど(晴一くんには未だにその傾向が見えなくもないけど)、どうやったってきみたちはあの海で育ったひかりのこどもたちなんだから、もう諦めなよ、と思ってしまう。

そうして誰かを導いて、眩しいひかりの中に連れて行ってしまう、そういうひとたちだ。

もう諦めて、一生キラキラ眩しいひかりを背負って立っていてほしい。20年やってきてそうなんだから、もうたぶん一生そうだよ。革ジャン着てサングラスかけて咥え煙草より、芝生のステージの上でTシャツで、汗で前髪貼り付かせて観客に向かって両手を広げる、その姿のほうがよっぽど想像が付く。Sex,drug,R&Rは無理でも、それでもポルノはバンドだし、王道のポップスで世界を殴り続けるその背中はロックだよ。

斜に構えるのがかっこいいってどこかで思っていたわたしの手を引いて、すなおに楽しいって言えばいいじゃん、だって楽しいもん、そう10年かけて教えてくれたのはポルノだった。

10周年の東京ドーム、受験だったからあきらめた悔しい思い出ごと抱えて20周年のポルノに、ポルノが出会わせてくれただいすきな友達と一緒に会いに行けるのが本当にうれしい!(10年前のわたしならこんな素直な書き方できなかっただろうな、と思う)

20年続けてくれて、そこに居続けてくれてありがとう、今年も会いに行けてうれしいよ!

お誕生日おめでとう!

 

20周年、NIPPONロマンスポルノ’19~神vs神~ 開催に寄せて

なこ

オリックス戦見てきたよ!

推しがオリックス推しなので人生初の野球観戦に行ってきました。

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このブログ見返すとすばるの話か応答セヨの話しかしてなくてウケますね!村上担なんだけどな!
面白半分で見始めたSHOWROOMバーチャルジャニーズプロジェクトからすっかり藤原丈一郎にズブズブのわたしですこんにちは!先輩方よろしくお願いします!

 

せっかく大阪住んでるし、彼がそんなに好きなら一回見てみたいな~と思ってたんですが、一人で行くのもたぶん楽しくないよな~と二の足踏んでたら友人が付き合ってくれると言うので行ってきましたオリ姫デー、記念すべきリューン再演(おめでとうございます)プレビュー公演初日!
ユニフォーム貰ったけどこれ現場に着てったらウケは狙えますか?(すぐ笑いを取ろうとする)
ダフ屋のいない京セラドーム前駅は空気がきれいでいいですね…空庭温泉のクーポンももらえたよありがとうオリックス…イオンが空いてたしドーム内のトイレ初めて入ったよ…普段最大手だから…

 

席の良し悪しもわからないので完全に離れしている友人におまかせコースにしたのですが、ここはどこだ…?チケット見たらライト下段って書いてました、メインステ下手側のスタンドですね ジャニオタ並感


ここでざっくり初プロ野球観戦びっくりしたこと箇条書きいえ~いどんどんぱちぱち(©道枝駿佑
そのいち! プロ野球選手の人たち、めちゃくちゃ大きい
そのに!  生演奏の応援団がいる
そのさん! 照明めちゃくちゃ眩しい
そのよん! ボールってめっちゃ高く飛ぶね

野球の素養がないのがよくわかりますね!!!!!!!!!!!!!すみませんほんと

普段せいぜい身長180cm推定体重マックス70㎏のジャニーズアイドルを見に京セラドームに来ているので、マウンドにいらっしゃる野球選手の方々の身体が大きくて縮尺の感覚がバグりました みんな190とかあるやん 何事?当たり前かもしれないけどみんな大きいな~!とびっくりしました!
応援団の方の近くの席だったので演奏の音が大きくてすごかった~!わたしぜんぜん野球知識がないのでそもそも生演奏で応援団の方がいらっしゃるのを知らなかったんですがめっちゃ豪華では!?ぜいたく~!あのでかい旗わたしも振りてえ~!(?)京セラの照明ってあんな眩しいんですね!?途中で目疲れてなぜか鞄に入ってたグラサンかけたわ セレブ気取りかよ(目が弱い)

 

いやマジでわたしゲッツーの言葉の意味から説明していただかないといけないレベルのダメ観戦者だったんですが(ありがとう友人)、丈くんの良く言ってる「みんなで声出して応援するのが楽しい!」っていうのはなんとなくわかった気がします!活気~!
後ろの席のお兄さんがめちゃくちゃ応援に熱入れるタイプの方だったので常に応援歌が大音量で聞こえており臨場感がすごかったです ライブに来たのかな?タオル使う応援のやつとかコンサートかと思った 前の席の女児がちょっとたいくつしてたのにタオルのやつ始まった途端「!これやる~!」って立ち上がっててかわいかった…

ホームラン打ったとき、前の席のカップルも、親子連れも、一人で見てたおじさまも、みんなワーってハイタッチしてて、わたしもなんとなくその流れに参加できて、ああなるほど丈くんが好きなのはこういう景色なんだなあ、とほっこりしました。
ROTで三階席まで見上げて手を振る、って話しをしてた丈くんの、全員参加型、だれも置いて行かないコンサートでの振る舞いの原点はここにもあるのかなあと感じたり。まあわたしまだ現場で彼のこと見てないんすけどね!!!チケットご用意されたい!!!!!

 

そうそう、今回初ホームランを球場で見ることができて、プロ野球といえば見たいテレビを潰されるものだと思っていた(ごめんなさい)幼少期のわたしはきっと体験しなかっただろう経験を丈くんのおかげですることができたな~!と思います。風船飛ばすのもたのしかった~!
また次行くときにはもう少し詳しくなってたいです野球 ロメロさんの名前とバット振ったらボールは飛ぶの歌は今回で覚えた(衝撃的すぎて)(確かにバット振ったらボールは飛ぶ)


推し由来で新しい経験するのやっぱり楽しいし、推しがなにかのファンをやってると同じオタクとして信頼しちゃうので、すきなひとには好きなものをすきと言ってもらえると嬉しいな、と思った一日になりました。丈くんの始球式ここで観れるの楽しみだな~!ことだま!

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追記・今日の試合で勝利されたと聞きました!おめでとうございます〜!

追記2・キャプテンの福田さんの顔がたいそう好みです 

アイセイグッバイ、アンドユーセイハロー

 

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動揺のあまり仕事に使う紙に無意識に書いてたすばるくん


もう関ジャニ∞渋谷すばるは帰ってこないから、「おかえり」じゃないんだけど、でもわたしは彼を知っている(つもりだ)から、「はじめまして」って言うのも違う気がする。

ソロアーティストの渋谷すばるさんが、わたしたちの目の前に帰ってきました。

奇しくも木曜日、毎週18時、関ジャニ∞の連載(レンジャー)が更新されて、かつては彼の同期と呼んで差し支えないだろう二人が、昼と夜を背負っていた、ファンにとってとくべつな曜日に。

shibutanisubaru.com

会えてうれしいよ~~~~~~!!!!!

どうでもいいけどこのフォントデザインあを思い出すのわたしだけかな~~~!!?

みんなの愛が重すぎてサイト全く見れなくてすごかった14時ごろ

 

 

 

わたしはやっぱりどうしたって彼の美学を信頼しているから、渋谷すばるが、はじめてひとりの渋谷すばるとして大衆に発信するための媒体に、ソーシャルネットサービスじゃなくて、まっしろな背景のシンプルなサイトを選んでくれたことに心底安堵している。SNSから「アイドルじゃない自分」を始める人を、否定するわけではないんだけど、わたしの見てきた渋谷すばるはなんとなくそうじゃないなと思うので…ラインも信頼してねえと豪語していたあの彼が…(今後LINE@とかはじめたらどうしよう…)(どうしようも何も)

彼が自分でソースいじったんじゃない、プロのバックアップを感じるサイトのつくり、タイムラインの有識者から教えてもらったモリサワの有料フォント、誰かスタッフが回してるムービーのカメラ、にこにこ笑ってる暑い国を旅するすばるくん、大きなギターケース、今日ぱっとサイトが見つけられるまで(少なくともわたしの周りでは)誰にも漏れなかった彼の動向。

あ~~~~~~~ちゃんとした大人が彼のそばにいる!!!!という、強い安心。

会見で話してたように、すばるくんはジャニーズをやめても芸能活動をやめるつもりはない、っていうのが、改めて分かって、彼が元気にやっているって近況報告とあわせて、とても嬉しい。

 

今後告知とか日記とか読めるのかもしれないけど、ひとまずサイト開設の理由として「生存確認をお伝えしたい」なの、めっちゃ愛じゃん。

もう関ジャニ∞のすばるじゃないのに、ぜんぜん今までと変わらない愛を小さな薄いてのひらのなかにキュッと握って、こっちがびっくりするくらいの大きさで届けてくれるひとなのは変わってなくて困ってしまう。

元気な姿を見せて安心させてやらなくちゃ、と思ってくれたこと、愛でなくてなんなんだって感じなんだけど、それは義務ではなくあってほしいんだ…。

ときどきポロっと今日みたいな形で教えてもらえたらそんなに幸せなことないなあ、と思ってて、それは今までできなかったたくさんのことを、いろんな痛みを抱えてでも彼が決めたこの道の中で、やっぱり楽しんでほしいから。

楽しいときのすばるの顔、ほんとうに子供みたいでだいすきなんだよ。

また歌が聴ける日も遠くないのかなあ。そうだといいなあ。

 

 

わたしは彼が帰ってくるなら、たとえば会見があった2018年4月15日から1年後とか、彼が事実上関ジャニ∞じゃなくなった2018年7月15日から1年後とか、とにかく、こんなに早いタイミングだと予想していなくて。

でも、良く考えたら彼にまつわる特別な日付って、ぜんぶ彼を関ジャニ∞っていう船から下ろすことになった、いま6人で大きな船を動かしてる彼らにとっても特別な日付だから、選ばなかったのかもしれないなあって勝手に思ってる。契約だなんだの大人の事情なんてお花畑ポエマーは知りません。

でもちょうど、2月ごろにすばるの気持ちを聞いたって言ってたから、もしかして1年経ったくらいなのかなあ。なんて。

 

自分が他担だからなのか薄情ものだからなのかはわからないけど、いまはわりと穏やかな気持ちで、すばる元気でよかったねえと思ってるし、おなじ心で6人の関ジャニ∞のこれからをとても楽しみにしている。

でもこれが、いきなり帰ってきて早々に、商業を感じるホームページと何かしらの告知とかだったらきっと悲しく憤ってただろうから、オタクって勝手だなあ。

そういう意味でも、このまっしろでシンプルなホームページの箱を持って帰ってきてくれたすばるくん、すきだな~と思うし、一生この人の掌の上で転がされてたいな~と思う。

白ホリのセットで始まって、またまっしろのホームページから始まるすばるくんの旅路のなかで、誰かに伝えたいなと思うことがあって、その誰かがもし普通に生きてたらきっと出会わないだろうわたしたちだったら、そんなに嬉しいことってない。

無理せず、たのしく、愛する音楽と一緒に歩いて行く中で、ときどき声を聞かせてくれたらいい。

 

 

ひとまず、おかえりなさい、でもさようなら。そしてよろしくね。

愛してるよ、すばるくん。

100年生きたねこのこと

☆ただの日記なのでジャニーズの話はありません☆

 

松の内が明けたので…

みなさんにもツイッターで可愛がっていただいた、おじいちゃんことうちのちーちゃんが、12月30日にお星様になりました。

2017年の9月に体調を崩してから、もう1年4ヶ月も嫌いな病院に通い続けて、19年と8ヶ月も頑張って生きてくれたことになります。

 

もともと彼は捨て猫で、いとこが拾った子猫の頃にわたしがどうしても譲って欲しいと珍しく駄々をこねて譲り受けた猫でした。

真っ白な毛並みに水色の目、ピンクのお鼻と肉球がとても可愛くて、わたしは一目で夢中になりました。

動物はハムスターしか飼ったことがなかった我が家でははじめての大きなペットで、わたしはよく髪にじゃれつかれては泣いていたような気がします。やんちゃが過ぎて飼っていたハムスターに噛み付いてしまったこともありました、ごめんなリンちゃん…。二度とハムスターは飼うまいと誓いました…。

手が大きいから大きくなるよ、と動物病院で言われた通り、たぶん洋猫が混じっていたのでしょう、骨格のしっかりとした男前になりました。一番大きい時で5kgくらいはあったかなあ。

真っ白だった毛並みの顔と背中、尻尾にベージュの縞が出てきて、耳も茶色くなって、詐欺やなあなんて話したのを覚えています。

もともと母の実家で放し飼いだったせいか外が好きで、リードをつけて散歩をするたび近所の方に「犬かと思った」と驚かれたりもして。それだけでは飽き足らず、よく勝手に窓を開けて出て行ってしまったりもしましたね。

去勢手術をしたのに年に一度は必ず野良猫と大げんかをして病院のお世話になって。もうおじいちゃんなんだからやめときなと言っても聞くわけもなく、顔に大きな怪我をして帰ってきたときはどうしようかと思いました。

顔の中にあった脂肪腫の膿が破裂して、もう開かないかもしれないと言われた左目も、手術のせいで少しツリ目になってもきちんと開いてきれいな水色のままでした。

おなかにある大きな脂肪腫は、良性だし、切除部分が大きくなってしまうからとそのままにしていましたが、それが彼にとって良かったのかは今となってはもう分かりません。歩くとき邪魔じゃなかったかなあ。

去年の9月、わたしがヤフオクドームに出発する前日に、急にぐったりしたちーを病院に連れて行ったら、腎臓病です、と子猫の時から診てくださっている先生が仰いました。あまり水を飲まない猫は、たいてい高齢になると腎臓病になって最期を迎える。知識としては知っていましたが、なんだか自分の家の猫のこととなると現実味がなくて。福岡に向かう新幹線で、「猫 腎臓病 寿命」と調べたのを覚えています。でも、覚悟したよりずっと長生きしてくれたなあ。

腎臓病のねこは突然今までの食事に飽きて同じものばかり食べ続ける、と言われた通り、今までのペットフードを食べなくなって、一時期はササミばかり食べていました。冷凍でたくさん買ったササミをレンジで温めて、ほぐしてあげるまでに何度も足元で「早くしろ」とばかりににゃあにゃあ鳴いていたのを、うるさいなあなんて言わなきゃ良かった。

ドライフードを喉に詰めて痙攣を起こした時、朝早くから開いている緊急病院に連れて行ったら「脳梗塞を起こしています」と言われて。左半身に麻痺が残るかも、と言われたのに、自分の足で歩ける間は、ゆっくりでも、全然普通にしっかり歩いていて。こんなに小さいのに、ちゃんと動くほうの脳がカバーしてるんだと驚きました。

あまり動けなくなってからはなぜかわたしの部屋のソファが気に入ってしまって、いつも椅子を取り合っていました。

そのうちトイレの場所がわからなくなって部屋中いろんなところでするようになって、何冊か雑誌もダメになって、なんでなんって怒ってしまったこともあった。きっともうあのときほとんど目も見えていなくて、でもわたしが撫でるとゴロゴロ喉を鳴らす、とてもかわいいおじいちゃんだったのに。

後悔なんてたくさんあって、彼が家に来たときわたしはまだまだ子供で、ちゃんと可愛がってあげられた記憶なんてほとんどなくて。結局母にいろんなことを押し付けてしまっていたような気がします。

1週間前くらいから急に食が細くなって、トイレのためにベッドから降りられなくなって、昨日の朝、起きたらもう口で息をしていて、素人目にもああもうダメだ、とわかる状態でした。

犬と違ってねこって基本鼻呼吸なので、鳴くときとご飯食べるときくらいしか口開けないんですよね。そんな彼が、口を開けて苦しそうに息をしている。母が「がんばれ、がんばれ」って体をさすっていたけど、わたしはもうがんばらなくていいよ、と思ってしまった。

だって1年以上、嫌いな病院に通い続けて、点滴で重たい体を引きずって、もう自分の意思で大好きだったごはんも食べられなくなって、外の日の光を浴びて目を細めることもできなくなった彼が、これ以上がんばったところで、それはしあわせなことなのか、それがもうわからなくなってしまったから。

そんなことをぐるぐる考えながら、いつも触ったらゴロゴロ喉を鳴らした耳の後ろを撫でた。ぱくぱく、って口を二回開けて、それが最後で、動かなくなってしまった。

もともと動けなくなってからひんやり冷たかった肉球だけじゃ彼の生死が測れなくて、でも半開きになったままの口と目で、もう動かないんだってわかって。

体は動かなくてもそこだけは意思がはっきりしてた、元気な頃はいろんなものを叩き落としてたしっぽを、持ち上げてみてもぱたん、て落ちるだけで。

今日の朝、近くの火葬場に、お花をたくさんと、病院に行くときに着せていた冬の上着と一緒に預けてきました。火葬場の職員さんが、もっとビジネスライクな感じかなと思ってたら「これが最後になりますから、話すことがあれば」って言ってくれて、もう冷たくて硬くなってしまった手をとって、ありがとうねと伝えるのが精一杯だった。もうゴロゴロ言わない頰を触るだけで泣けてくるから。

彼が体調を崩してから、わたしはずーっと、「まだこれから100年生きるもんなあ」って言い続けてて、たぶんちょうど19歳で、人間でいうとこの96歳くらいになるんですけど。19歳と8ヶ月も生きたんだから、もう概算100歳ってことにしてくれないかなあ。うちのねこ、100年生きたんですよってことにしちゃだめかなあ。

ちーちゃんよ、うちにきて楽しかったかい?ほんとにずーっと、誰に見せても褒められる、世界一可愛いうちのこでいてくれてありがとうね。

嫌じゃなかったら、またどこかで会おうね。あんまりいい家族じゃなかったかもしれないけど、ねこなのにプリンとシュークリームに目がなかったきみのことが、本当に大好きでした。

19年、ううん100年ぶん、たくさんたくさんありがとう。

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Re:「人って変われるんかなあ」

皆さん2018年、お疲れ様でした!
関ジャニ∞にとってもオタクにとっても激動の1年でしたね、つかれたねえ。

先日このようなマシュマロをいただきました

 

いろんな意見があって、全部正解に見えるからどんどん自分の思ってた関ジャニ∞像がズレてきて、自分が正しいと思ってた彼らへの応援の姿勢もこれでいいのかわかんなくなる感じ、わたしにもとっても覚えがあるので良く分かります。

でもとにかく今伝えたいのは、あなたのその気持ちぜんぜん悪くないよ〜!!!ということです。ほんとに!ぜんぜん!わるくないです!!

あなたを今揺らがせてるいろんな意見だって悪くないし、今回お騒がせしてるテレビだって、立ち止まって考える機会がなかったせいでできちゃったのかもしれないって思ったら誰が悪いとは言えないと思うので…まあ一応意見は投書してきたけど…。


マジでクッソ恥ずかしい黒歴史だからこれ言いたくないんだけど、ニズムの時期とかわたしすごい理不尽に横山さんに八つ当たりしてて、そんな当時のわたしが今の全肯定方向オタクのわたし見たらびっくりするだろうなあと思う。
何が言いたいかと言うと、人ってめっちゃ変わるよ、ということです(なんかアーセナルさんみたいなこと言っちゃったな)

応援の対象である彼らも、そんな彼らを見つめているわたしたちも、当然人なので考え方も感じ方も変わります。
自分の経験だったり出会った人の意見だったり、そういうものに触れてぐにゃぐにゃ変わっていくのがフツーだと思うんですよね。
それを「振り回されてしまう」と感じるのは、このマシュマロくださった方にとってアイドルのオタクするにあたって一番大事にしたいものが今見えなくなっちゃってるからかなあ、と素人なりにわたしは思います。
意見の合う友達と推し活するのが楽しいのか、孤軍でもいいから絶対にわたしは自担を裏切らないって決めるのか、まあ極端に言えばそんな感じの、オタクである自分が絶対に譲りたくないところ。

わたしは村上くんに対する期待値がたぶんほかの村上担よりちょっと低くて、まあセクハラおやじみたいな発言したり自分を過度に卑下さえしたりしなくって、病気や怪我なく健康で元気にアイドルしてくれてたらそんな幸せなことないな、と思ってます。
そもそも今年37歳になる彼が、今後もプレイヤーとしてまだまだあれとかこれとかやりたい!って夢をたくさん語ってくれるのもほんとに嬉しいんですよね、なんだかんだドブ板捲ってまだまだ上を睨みつけて目指していく姿勢が好きなので…。
わたしの中で揺るがない意見ってなんだろう?って考えてたんですが、結局「村上くんが元気にアイドルしてることは全肯定したい、でも自分が嫌だって思うことはそれ(村上くんを好きということ)とは分けて考えたい」なのかも。めっちゃ自分本位ですね!

幸い思想の近い友人もいるのでそこでだいぶ発散させてもらってるのも最近の不満の少なさの原因ではありそうなんですが(いつもほんとうにありがとう)
村上くんがやたら自分を卑下してアイドルとしての自分を否定するような行動をしない限りは、わたしにとっての主軸ってブレないのかもしれません。
だから最近は、オタクの意見に振り回されてオタク続けるのしんどい~ってなったことはないかなあ。なんかあんまり答えになってなくてごめんなさい。

マシュマロくれたあなたが、2019年も自分に楽なかたちでたのしく関ジャニ∞を応援できますように!


2018年のわたしがとても楽しくオタクできたのも村上くんのおかげなんですけど、去年の終わり会報で答えてた*1、「通常営業」で彼が居続けてくれてて本当に本当にありがたかった。
4月からこっち、けっこういろいろな揺らぎを生々しくこっちに見せてくれてた他のメンバーに比べて、村上くんは、一見すると冷たく感じられるのではと思うほど「今まで通りの関ジャニ∞村上信五」だった。
幼馴染みたいなもんで、きっと彼の歌がとっても好きだった村上信五にとってとても大きい存在の、関ジャニ∞ジャニーズ事務所渋谷すばるを失うことになるっていうのに、本当にいつも通り、なんならいつもよりアイドルらしさをきっぱりと前面に押し出してきた村上くんの姿勢というのが、いろんな支えを失いそうになっていたぐらぐらのわたしにはとっても有難かった。
誰より大変だっただろう渦中にいた彼に寄りかかってしまったのはちょっと反省もしたいけどね…ほんとありがたかったです そういう意味では
でもそれって生々しいいろんな感情を見せてくれた他のメンバーがいたからこそだったりもするし、ものごとって一面だけじゃないよなあと気付かされたりもしましたね去年は…。
今年の村上くんも素敵で楽しいアイドルでいてくれたらいいな~。15周年はどこに一緒に行けるかな。

*1:27号でした

14/7/2018 目の前の向こうへ進むきみたちへ

嘘みたいな三か月だった。
今もまだ、関ジャニ∞のメンバーカラーから赤色が消えるという事実を、わたしはきっと呑み込めていない。
だから、なんとなく、お祭りみたいな『最後の』のおどる一週間を、ぼーっと乗り越えてしまった。

しょうじき、わたしはそんなにテレビを見ない。
関ジャニ∞のファンになってから、ジャニオタってこんな毎日テレビ見てんのか大変だな!と思ったくらい。
自分の部屋にテレビがなくて、リビングのそれは基本的に母が占領しているから、そうなるとあんまり見る時間がないし、大阪では(わたしは大阪在住だ)クロニクルの放送もなければ、関ジャムも社会人泣かせのド深夜放送で、ついでに言えばジャニ勉も同じく。彼らの出ているテレビを、リアルタイムで見るという選択肢は、わたしの中ではかなり優先度が低い。
だから、余計にすばるがいなくなる実感を掴めていないのかもしれない。

あんまり泣くのが得意じゃない。
というより、周りの友人が基本的にめちゃくちゃ泣くのが上手い女たちなので、なんとなくそれを見ていると冷静になってしまうところがある。
4月は、ふと一人になったら泣き出したりもしてたけど、クロニクルのHeavenly Psychoでちょっと泣いたけど、なんかやっぱり実感がなくて。クロニクル見るために、わざわざ関東まで行ったのにね。
ジャニ勉で『6人の』って紹介のされ方に、当たり前みたいに一人欠けてる状態で掲載されるテレビ誌に、少しずつ、ああキッツいなあ、とは思うのに。

バラエティにおける渋谷すばるのひとことの破壊力とか、たたずまいとか、実は誰も否定しない、ぜんぜん昭和型じゃないやさしいバラエティをするようになったとことか、あの人の地頭のよさがわかる独特の回路とか言葉の選び方とか、めっちゃくちゃ好きなのに。
なんだかんだ、関ジャニ∞っていうバンドを背負って真ん中に立つすばるに出会ったのが最初だったから、きっと、すばるのいないライブで、すばるの声がしない音源で、やっとわたしは彼との別離を理解できるんだと思う。

最初に関ジャニ∞がバンドをするんだ、って意識したのは、たしかマイホーム披露のMステだったと思う。
当時ちょっとジャニーズを斜めに見ていたわたしは、まず、えっバンドやるんだ、ってびっくりして、記憶上であいまいだけど、とんでもなくどヘタクソな生演奏に、ほんとうにほんとうに度肝を抜かれた。なんでこの子たち、このレベルで生演奏やってんの、と思った。
わたしの好きなギタリストは、新曲披露のたびテレビで当て振りをさせられることに再三文句を言っていたので、これなら彼も弾かせてよ、と思ったのだけはくっきりと覚えている。
なんだかんだ言ってももともと関西の男の子たち、というだけでぼんやり贔屓目にはしていて、たしか冒険MAPもちょこちょこ見ていたような気がする。
そんなわたしがもう一度、関ジャニ∞と出会い直したのはこれまたバンドだった。
M-ONで放映されていた、ここにしかない景色のPV。「ようこそ」から始まるやわらかい声と曲調がとても好みで、気がついたら食い入るように見つめていた。
デニムの衣装と赤で統一された楽器の色使いがとてもすきなPVだった。今でも一番すき。
わたしは、ここけし出の新規だ。(テレビで演奏を見て、少なくともマイホームの時よりは上手になってて、それもほっとした)

ジャニーズを好きになることは、中高インキャで育ってきた自分にとってけっこうな冒険で、なんとなくクラスの中心の華やかな子たちが好きになるものだと思っていたから。
でも、なんとなく「ジャニーズ詳しくないけど、関ジャニは好きやねん」は、めちゃくちゃ言いやすかった。
関ジャニ、大阪の人らやしおもろいし、バンドやるし。そんな言い訳を少しずつ混ぜて、あんたがジャニーズ?と言っていた周りに、ふんわり納得してもらってきた。
だからきっと、彼らがバンドをやってくれなかったら、北海道から福岡まで、彼らのライブを追いかけるような楽しい経験はできなかっただろうなあ、と今でも思っている。

さっき(7月14日の深夜3時)、ようやっと、7月8日に関東で生放送された関ジャムを見た。
たぶん普通に平日に見たら仕事にならんな、と思ったから、一週間寝かせてしまった。恨むぜABC放送。

メンバーみんなが振り返りで選ぶセッション、当たり前かもしれないけど、どれも『自分が』じゃなく『すばるが』ばっかりで。
こういう風に放送されるって知らなかったのかなあ、選んだセッションにつけたコメントを読み上げられて、恥ずかしそうにくすぐったそうに笑ってて。
そのどれもに、すばるくんがキラキラの目で、顔いっぱいで反応してて、それはわたしが知ってる、少なくともここ5年ずっと見せてもらってきてた、『関ジャニ∞の中にいる渋谷すばる』そのものだった。7人さいごですってでかでかと看板貼られた、そんな生放送の最後まで。
関ジャムですばるが得たものはきっととても大きくて、久保田さんとのセッション、まだまだ伸びしろがあるって教えてもらったって言ってたみたいに、いろんな音楽にこの番組で触れたことも、今回の別離のきっかけになってしまったんじゃないかと勝手に思ってて。
でも確かに、最初は自分が自分がって聞こえてた、ゲストアーティストと殴り合うみたいだったときもあったすばるの声が、どんどんいろんな色になって、ただの我の強いあかいろだけじゃない、あかいろなんだけどいろんな彩度と明度を使い分けていくみたいに聞こえてて。
やすくんも挙げてたあいみょんとのセッション、あのすばるの下ハモがほんとうに好きだ。メインパートを歌っているところより、ハモの声が、良いなあと思う。あの音源売ってほしいくらい、ほんとうに好き。
主役じゃなくても堅実に自分に与えられた役割の中で最大限を全うできる、そういう男の声に、いつの間にかなってたんだなあ、と思う。
わたしは、4月以降の関ジャムでセッションしてるすばるを見るたび、ジャニーズ辞めちゃったら、関ジャニじゃなくなったら、こういうこともきっと当分はできなくなっちゃうんだよー…って袖を引きたくてたまらなかった。そんなことで留められる覚悟じゃないってわかっていても。
思ってたよりずっと、わたしは関ジャムでいろんなアーティストとセッションするすばるが好きだったんだなあ。過去形になるの、ほんと嫌だけど。

せっかくのスカパラとのコラボ、どのテレビでも見れないの残念だなあと思ってたら、おれたちの関ジャムはちゃんとやってくれた。
メンバーが変わっても続いてきたバンドとのセッションが最後だったのも、もしかしたらそういう意図なのかな、だったらすごいな。すばるにだけじゃなく、これから関ジャニ∞を続けていくって決めてくれた6人にも花を贈るみたいな、そんな選曲だな。
スカパラファンの方のツイートで見たけど、スカパラさん、立ち位置が同じメンバーのメンバーカラーに衣装の色を合わせてくれてたって聞いて、ああめちゃくちゃ有難いなって思った。ジャニーズの中でも、メンバーカラーの主張が特に強い関ジャニ∞に、そんなとこまで寄せてくれたんだなあ、愛だなあ。
セッションは、谷中さんも仰ってたけどほんとうに責任感のある無責任ヒーローで、ちょっと笑ってしまった。めちゃくちゃ楽しそうで、事務所内でもそこそこ中堅どころに差し掛かってきた関ジャニ∞が、まだまだ年上のかっこいいおにいさんたちに遊んでもらえる環境なの、超贅沢だなあと思った。
ファイト 関ジャニ 無限大 エイト、こんな単純なチャントがかっこよくハマる曲だって知らなかったよ。まだまだ知らないことたくさんあるなあ、きっとこれからもあるんだろうな。
ロマネ、MC順の並びで、イントロでりょうちゃんが上を向いたときに、顔の向きを戻した時の口元に、もう泣きそうやんって思っちゃった。
遅れ放送だしその上わたしは一週間ほど寝かせて見てるから、LIFEでりょうちゃんが泣いちゃったのは知ってたけど、ロマネの時点でもうやばかったのかもしれないなと思う。オタクの勝手な憶測だけど。
無ヒもロマネも、せっかくコラボしたのに、ライブではもちろんもう7人の声では聴けないし、少クラとかにも出ないからテレビで聞くのも難しいかなあと残念に感じてたから、関ジャムの選曲はほんとうに有難かった。そう、LIFEを除けばセッションの曲は、きちんと最新アルバムから選曲されていた。ネクストワンだなあ、と思う。
三馬鹿の関係って世界でいちばんきれいでいびつな正三角形だと思ってるんだけど、ロマネは特にそれが顕著で、歌い出しのパート、ヨコヒナは当たり前みたいにすばるくんに真ん中を譲る。
昔は歌苦手って意識があったかもしれないけど、関ジャニ∞として14年やってきてる中で、とくに横山さんはトランペットを始めてから、格段に歌に対する意識が違ってきたと思う。
今ではソロパートも増えて、今現在の関ジャニ∞をきちんと見ていたら、少なくとも頭ごなしに彼ら二人を歌下手コンビと笑えないだろう。時々、それをネタにしようとしている元オタクだったり外野を見るたび、ああこの人更新してないんだなと残念になる。まあそれは置いといて。
ロマネの三馬鹿は、それが当然と疑わずにヨコヒナがすばるくんに道の真ん中を歩かせて、自分たちはその少し後ろを歩いているような感じがする。
ロマネにおいてはそれがきっと今の正解で、すばるくんの声の説得力と言ったらないから、やっぱりまだあの人の声が入ってくることで安心してしまうし。
だからきっと、6人がいつか歌う日が来るなら、そのときのロマネを、そのときのわたしの中の正解にしたい。今は、すばるの歌い出しから始まる、まんなかにあかいろのいるロマネが正解でも、いいって言いたい。弱虫だから。
きっと最後はLIFEだろうなあって思ってた。ライブDVDのメイキング映像まで持ってくる関ジャムスタッフすげーな、とびっくりした。みんな若いなと思ったけどすばるくんマジで基本的に顔変わってなくてビビる。どうなっとるんや。
ぶっちゃけ新規だから古参の人ほどLIFEに思い入れなくて、ライブの大事なとこで必ず出てくるLIFE、めっちゃ説得力あるしめっちゃわかるけど、別の曲がその席に座るライブがあってもいいんじゃないかとか思ってしまうこともあって。(定番曲をセトリから外す勇気を、わたしは英断だと思っている)
でもそういう問題じゃなく、彼らの中ではきっともっと大きな意味を、あの曲が持っているんだな、と頭を殴られた気分だった。
レンジャーでずっと強い言葉を使い続けていたりょうちゃんが、きっと本人は不本意だっただろうけど、さびしくなっちゃった、って涙できたこと、わたしは、良かったねえと思ってしまってそこで泣けた。だって、誰が見てもりょうちゃんがすばるくんのことをとても好きなのなんて明らかで。ジョンとポールじゃなくっても、関ジャニ∞っていうバンドのフロントマンをふたりで担い続けてきたんだから、かっこよく去ってほしいっすね、なんて、冷たくも聞こえる言葉がりょうちゃんの全てじゃないことなんて分かってて。印象に残ったセッションのなかで選んだウルフルズ、ぼくらもメンバー変わってもやっていくし、みたいなスタンスでそこまで強くあろうとしたりょうちゃんの、とても強い虚勢が緩んでしまったのが、ずっとうたってきてたLIFEだったこと、ほんとうに、良かったねえと思った。
今はまだ無理かもしれないけど、だいすきな先輩のすばるくんのこと、これからも好きなままでいてね、と思う。言われんでもそうするわって感じだろうけど。余計なお世話だろうけど。

LIFEの歌詞、めちゃくちゃいいんだよね、ほんとに。
「頑張って」を二回重ねるサビ、光さえ超えろとうたう「駆け抜けて光を追い越して」。めちゃくちゃ関ジャニ∞やん、と思う。
「もう一切、金輪際、弱音や不安を閉じ込めて」。
ここ、ほんとに、太字にして赤いマーカー引きたいくらい、わたしの知ってる関ジャニ∞のメンタリティで、改めてびっくりした。
彼らは「君と僕」で完結するラブソングの世界より、「おれと世界」の自らを鼓舞する曲や、「おれと頑張ってるきみ」の、誰かの背中を押す曲の世界にいることが多いアーティストだと思う。
4月からこっち、あまりに今の状況にピッタリな曲ばかりでびっくりするけど、それだけ関ジャニ∞は誰かを力づけるためのうたをうたい続けていたってこと。
やっぱり言霊ってわたしはあると思ってて、そういう言葉をうたい続けていくうちに、ちょっとずつ積み重なって擦り込まれて、どんな逆境でも前を向いて顎を上げて、少し上の方を見つめてしっかり歩き出す、そういう彼らを作ってきたんじゃないかなあ、と思っている。
自分のツイートの引用だけど、「関ジャニ∞関ジャニ∞たる美学、泥まみれでも泣きながらでも最後には笑って肩組んで歩いて行くみたいな、絶望に中指立てて、かわいそがりたい周りに向かって「アホかめちゃくちゃ楽しいわ!」って強がってくれそうなところ」が、わたしはとっても好きで。
4月のブログでも書いたけど、こんなに強くてうつくしい男たちを、消費のためにかわいそがる外野は勿論、自分が悦に浸るためにかわいそがっているオタクたちも全員張り飛ばしたいと、今でも思っている。目ぇ開いてちゃんと見ろ、かわいそがる要素がどこにある。
道は分かれた、村上くんの言葉を借りれば「袂を分かつ」結果になったとしても、これまで7人が作ってきた関ジャニ∞のかたちは、音楽は、なにも嘘じゃない。
それを何より証明してくれたのが、レンジャー以外ほんとうにいつも通りの関ジャニ∞を見せ続けてくれた7人の姿勢だと思うし、レンジャーでいろんな気持ちを少し覗かせてくれた愚直なまでの誠実さだと思っている。
8人だったものが7人と1人になって、次は6人と1人と1人になる。
わたしは8人時代を知らない新規だけど、過去は消えないことを知ってるし、すばるがどれだけ関ジャニ∞と言う場所とメンバーを愛していたかも知ってるから、彼の旅立ちを裏切りだとは思わない。残された6人という言い方にわたしが真っ先に感じたのは、彼の責任感だった。自分のためにつくったバンドという感覚も、もしかしたらあったのかもしれない。だとしたらそりゃ今回のことは「自分」と、「残していく6人」になるだろう、だってスバラジの主語はすばるだ。せっかく彼が編集なしで伝えたいといった言葉なのに、そこにまで公人を求めるのは酷じゃないかなあ、と外野ながらに思わないでもない。

わたしがこうして、他担とすばるについてつらつら考えられるのも、きっと自担である村上くんが、わたしたちの目に入るところではいつもどおりフラットな姿を見せてくれているからだろう。
旅立ちを決めたすばるのこと、やすくんの体調のこと、心配なことが重なって、平静でいられないオタクの気持ちは痛いほどわかる。わたしも端くれだ。
でも、だからといってそれが、言い方は悪いけど彼らをオカズにした感動ポルノになってはいないか、そこだけは考え続けていたいと思う。
「もう一切、金輪際、弱音や不安を閉じ込めて」とうたう曲を7人さいごに選んだ彼らのこと。
特に村上くんは、渦中にいる間は弱音を吐かないし、ここ最近はあんまり心配されたくないのかな、と感じているので、全部終わってから本人が何か言うまで過剰に心配するのはやめとこ、というのがわたしのスタンスで。だいたいいつも、落ち着いてからポロッとこぼす言葉で、あああの時しんどかったんだなあと思うし気付けなくてごめんねとも思ってしまうけど、本人の望まないところで勝手にかわいそがってしまうのは、わたしは避けたいと思ってオタクをやっている。「気丈に振る舞う村上くん」が心配、って思うことは彼の意地に泥を塗るような気がしてわたしはとても腑に落ちないでいるというのもある。
好きな人のことだから心配だし、それをツイッターに書くのもわたしに止める権利はない。それを他者に強要してほしくないし、事実みたいに言うのも、なんか違うなあと思う。MUSICDAYのオモイダマ、村上くんが涙目だったって何回か見かけたけど、わたしの記憶が正しければあの人あの曲歌うときだいたい涙目だよ。(かわいいね。)

でも、彼らをかわいそがりたい誰かと、彼らに強くあれと強要さえしてしまいそうなわたしの、どちらが正しいんだろう、と考えないでもない。絶対に正しいものなんてないんだけど。

なんか、まとまらなかったけど。途中で個人的怨嗟が混じったけど。

わたしはこれから進んでいく6人の関ジャニ∞を応援すると決めたし、運よくどこかで出会えるのなら、1人で歩いて行くと決めた渋谷すばるのことも、ずっと好きでいるよと伝えたい。
それぞれの門出が、どうか明るいものでありますように。変わることだらけできっとしんどい今回のツアー、終わってみたら「やっぱり関ジャニ∞やなあ!」と笑えるものになりますように。
楽しむ準備だけしていくから、北海道で笑って会いましょう。進み続けてくれて、ほんとうにありがとう。

それぞれの歩く道を、きみたちが追い越したひかりが照らしていくことを祈って。